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MAIN HALL:本堂外観

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©︎Satoshi Shigeta/繁田諭写真事務所 【西参道より本堂・客殿・枯山水庭園を 

AUDIENCE HALL:客殿外観

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©︎Satoshi Shigeta/繁田諭写真事務所 【悠久の時を超え 新しいかたち とな 

FLOWERS:百花

FLOWERS:百花

©DAN PERSONS

 

長く厳しい冬の寒さを乗り越え春になると、たくさんの花々が 芽吹き 咲き乱れます。それでは、その花たちは、誰に見せるために咲いているのでしょう。

禅文学の第一の書といわれている「碧巌録(へきがんろく)」の一節にある言葉です。

百花春至為誰開(百花 春に至りて 誰が為に開く)

私たちに「美しさ」を教えてくれるためでしょうか。たくさんの生命を支えるため その一端を担うがためでしょうか。

私たちは、先人の英知により さまざまな分野で それぞれの見解や考察をもとに、たくさんの知識を得ることが出来るようになりました。花が その花弁を開く理由もまた、たくさんの要因がありますが、禅の世界では、いつでも 答えは ごくごくシンプルなものです。

「誰のためでもなく 何のためでもなく ただ ただ 咲いている」というのです。これを『無心』と言います。無心とは、心が無いということでなく 自然に咲いているということです。『自然』という言葉は、本来は、『じねん』と読み、「自ら然(しか)らしむ」という意味、つまり、「あるがままに 咲いているだけである」と考え、禅語として 古来より語り継がれております。

 

昨日、INSTAGRAM(インスタグラム)にて、リール(動画)を作成、投稿致しました内容をご紹介致します。

春有百花秋有月  春に百花あり 秋に月あり

夏有涼風冬有雪  夏に涼風あり 冬に雪あり

若無閑事挂心頭  若(も)し閑事の心頭に挂(かかる)こと無くんば

便是人間好時節  すなわち是れ人間の好時節

中国(南宗)の禅僧 無門慧海禅師(むもんえかいぜんじ)の頌(じゅ:美徳を ほめたたえる詩)の一節で、私が好きな言葉のひとつです。春は 花々が咲き乱れ、秋は 月が冴えて美しい。夏は 暑いが 時折 風が心地よく感じられるし、冬の雪景色は なんとも風情があるものではないか。春夏秋冬それぞれに趣きがある。私たちが あれこれ悩むことがなかったのなら、春夏秋冬いつでも 私たちにとって 趣深く好時節である。

私自身も皆さまと同じように、日々 「悩み」や「苦しみ」「悲しみ」と共に生きております。先日、こちらのホームページの当寺の新しい御朱印をご紹介致しました記事に詳細を記載致しましたが、私の見解では、そのような気持ちもまた、自身の両の手で掬(すく)った水と同じであると考えます。私たち人間には、全てにおいて容量というものが存在する、つまり、身体にも心にも『限界』というものがあると思います。両手をやさしく 丸くして、たくさんの水を貯めようと頑張っても 自分の意図に反して 少しずつ 滴り落ち、やがては 全ての水がなくなってしまうかのように。今、お悩みの皆さま、苦しんでおられる皆さま、大切な人と永遠の別れをなされ悲しみの中におられる皆さま、人には 抱えられる荷物には限界があり、自身の身体や心は 本当は それを よく知っています。ほんの少しずつ ゆっくりかもしれませんが、『自然』と その重さは やわらいでくれます。

月刊誌に かの有名な『美人百花』というファッション雑誌がございますが、胸を打たれたことがございます。この言葉のとおり、皆さまが 百花のごとく バラのような華やかで美しい花、または、やさしく そっと可憐に咲く勿忘草(ワスレナグサ)のような美しさを秘めている花は、誰しもが それぞれが それぞれに 自身の胸の深いところに、生まれながら咲いています。涙は、その心の花を育てるため 美しく咲かせるためだと 思って頂きたい。私自身も そうして お檀家の皆さまや遠路 カフェにお越し頂く皆さまの温かさに支えられ 日々 歩いております。

当寺ばかりでなく、それぞれの皆さまの菩提寺(ぼだいじ:ご自身のお墓があるお寺)や お寺という存在が、住職という立場の人間が、そして、古来より伝わる先達(せんたつ)が遺した素晴らしい禅の教えや禅語といわれる言葉の糸が紡ぐ世界が、皆さまにとって 心の花を思い出させてくれるような『心の拠り所』となって頂けますことを切に願っております。

NOW ON SALE:『Let’s みやぎ 2024-25』に掲載されました‼

NOW ON SALE:『Let’s みやぎ 2024-25』に掲載されました‼

河北新報出版センター発行の『Let’s みやぎ 2024-25』(2024年4 

ARTWORK:展示会を開催しております‼

ARTWORK:展示会を開催しております‼

現在、銅版画家 岡沢幸氏の素晴らしい作品を、当寺及び当カフェ内に展示しております。 昨年2 

ANGEL ON PAPER:立体切り絵御朱印が出来ました‼

ANGEL ON PAPER:立体切り絵御朱印が出来ました‼

2024年3月春彼岸、昨年来 お打ち合わせを重ねて参りました保壽寺の新しい御朱印『立体切り絵御朱印』が完成致しました。

当寺の本堂のご本尊さまを お護りになられている飛天(天女)さまを 切り絵に致しました。

ご制作は、現在 多方面で目覚ましいご活躍をなされておられます 切り絵作家 望月めぐみ氏に依頼致しました。詳細につきましては、『お取り扱い商品』をご高覧下さいますようお願い申し上げます。

私の細やかなお願いを、しっかりと そして いつ いかなる時も 温かく受け止め 類まれなる確かな技術をもってして、そっと やさしく一枚の紙に 愛を紡ぎ 光を注いで頂きました。望月様、ありがとうございました。改めまして、この場をお借りし 略式ながら 心より厚く御礼申し上げます。

御朱印の文字は、印字ではなく、ひとつひとつ 私が筆をとっておりますが、この立体切り絵御朱印が完成し、最初に入れた文字は、望月様がお好きな『月』にまつわる禅語と致しました。

『掬水月在手 弄花香満衣』

みずを きくすれば つき てにあり はなを ろうすれば かおり ころもにみつ

唐の詩人である于良史(う りょうし)の「春山夜月(しゅんざんやげつ)」という春の美しい情景を詠んだ詩の一節で、禅語として 古来より あまたの歴代の祖師たちが用いてこられました。

月は実際に手に取ることは出来ないが、月夜に水をすくいあげてみれば、月がそのすくいあげた両の手に映っているではないか。

禅宗の教えの根本は、座禅にあると言われております。私たち禅宗の僧侶が座禅をするとき、『手』を とても大切に致します。法界定印(ほっかいじょういん)といい曹洞宗(そうとうしゅう)では、右の掌の上に 左の手の甲を重ね 両手の親指の先を付くか付かないかに合わせます。誤解を承知で、皆さまに分かりやすくお伝え致しますと、『この手の中に 仏さまがおられます』。つまり、指先にまで神経を研ぎ澄ませ、この両の手が作り出す空間は、いついかなる時も 卵の形のような楕円形を維持しなければなりません。

両親から ご先祖さまから頂いた温かな手を指を、座禅をするときのように そっとやさしく曲げて ゆっくりと水をすくってみれば、両の手には 月をおさめることができ、心は、お月さまのように丸くなるというのが 私の解釈です。

同じように、花を目で見るばかりではなく、花を そっとやさしく手にとり愛でてみる、花とたわむれれば、自ずと着ている服に 花の香りがうつるという意味です。

「月」は、心であり、真理や悟りの喩(たと)えとして、遠くに輝いているものではあるけれど、実は自分の中にも そなわっているもので、「花の香り」は、良き教えのように、近くにいるとも知らず識(し)らずのうちに 我が身に染み付いているものであるという教えです。

私自身、僧侶という立場にありながらも、お恥ずかしながら、皆さまと同じように、日々 一喜一憂し、心が定まらない「とき」を過ごすことも多々ございます。筆をとることで、先達の美しい教えに 今いち度 心を留めたり、たくさんのお檀家の皆さまの想いやカフェにお越し頂く皆さまの温かさに触れ、人として 僧侶として 大切なことをご教示頂き、日々育てて頂いていると、本日も深く深く考えさせられる一日でした。

今日お会い致しましたお檀家のSAさま、SUさま、Hさま、お電話頂きましたHさま、ありがとうございました。

私の拙い英語での数時間のお打合せを頂きましたデザイナーDさま ありがとうございました。

アーテイストOさま 短いお時間でしたが、素敵な作品をありがとうございました。

カフェにお越しの皆さま 遠路ありがとうございました。お利口さんなワンちゃん ありがとうございました。

コース料理のご予約にてお越し頂きましたAさま 先日に引き続き ありがとうございました。ご友人の皆さま この度も本当にありがとうございました。

そして、Sさま お忙しいところ、お手伝い頂き ありがとうございました。

I appreciate all of your kindness with my heart <3

CONTEMPLATE:春のご供養のご案内

CONTEMPLATE:春のご供養のご案内

■日時:令和6年4月17日(水) 午前11時より開始 ■場所:保壽寺本堂 ■名称:大回向法